記事一覧

トップ

神話博しまねで大迫力のスクリーンと音にびっくり

ファイル 100-1.jpgファイル 100-2.jpgファイル 100-3.jpgファイル 100-4.jpgファイル 100-5.jpg

神話博しまねで大迫力のスクリーンと音にびっくり。

7月から11月11日まで、出雲で開催されている、「神話博しまね」と、鰐淵寺一畑薬師に行って来ました。「神話博しまね」では神話
映像館の3×15mの超ワイドスクリーンから繰り出す神話の世界と太鼓などの音に圧倒されました。鰐淵寺はもみじの名所ですが季節的には早すぎでもみじは青々としていました。以前に行った時はそんなに期待していなかったのでその素晴らしさにヒックリだったのですが。最後の写真はあまり見かけない格好の鰐淵寺の灯籠です

池田家墓所燈籠会にいきました

ファイル 99-1.jpgファイル 99-2.jpgファイル 99-3.jpgファイル 99-4.jpgファイル 99-5.jpg

池田家墓所燈籠会にいきました。

台風17号が接近し空模様が怪しくなって今にも雨が降りそうでしたが、幸いにも小雨が少し降っただけでした。前々から燈籠会の写真が撮りたかったのですがやっと念願がかないましたが腕前が悪く良い写真にはなりませんでしたが、気休めに御覧ください。

明治維新に因幡の烈志が関係していたとは?

ファイル 98-1.jpgファイル 98-2.jpgファイル 98-3.jpgファイル 98-4.jpgファイル 98-5.jpg

明治維新に因幡の烈志が関係していたとは?

尊王攘夷派と佐幕派が毎日の様に政権を揺るがしていたとは、
9月30日に開催された本圀寺五烈士大法要に参加して初めて知った。文久3年8月17日本圀寺事件の犠牲者が150年回忌で仲直りすると言う大法要が、県知事や市長を招いて景福寺で行われたのである。景福寺には、黒部権之介の墓があり、また早川卓之烝の墓は観音院にあります。この二人やその他の子孫が一同に会して150年回忌で仲直りしたのです。当時の因幡藩も明治維新に大きな関わりを持っていというわけです。最後の写真は日本海新聞(10月1日)より掲載。

淀さまの墓を大融寺に尋ねました

ファイル 97-1.jpgファイル 97-2.jpgファイル 97-3.jpgファイル 97-4.jpgファイル 97-5.jpg

淀さまの墓を大融寺に尋ねました。

大阪駅の近くの大融寺に淀さまの墓を尋ねました、豊臣秀吉の側室であった淀さまの墓とは思えないほどの墓でした。何故ここにあるのかも疑問でした。境内には夏の「猿べり」の花のピンクと白が鮮やかに咲いていました。その他、インスタントラーメンの発明記念館では、折しも夏休みでジャリッ子と付き添いでゴッタ返してしました。我々の様なロートルの存在が場違い出した。帰りに神戸のキリンビールを訪ねて試飲のビールをコップ2杯頂いて上機嫌で帰途につきました。(通路の壁に展示された管ビール2000個は壮観でした)

伊吹山の花はいま少しでした

ファイル 96-1.jpgファイル 96-2.jpgファイル 96-3.jpgファイル 96-4.jpgファイル 96-5.jpg

伊吹山の花はいま少しでした。

期待した伊吹山の花は、今少しと言う処でした。春が過ぎて夏の盛りで花の端境期なのでしょうか。でも、ドライブウェーは素晴らしく急峻な道は驚きでした、途中オジロ鷲を写そうと長い望遠レンズを付けたカメラマンが暇そうに待機しているのが印象的でした。
晴天に近かったのですが少しモヤっており遠くの山の写真撮影には絶好調とはいえませんでした。昼神温泉に泊まり、ヘブンスそのはら山頂への空中散歩を楽しみ、妻籠宿をうだる様な温度の中を「暑い暑い」と出る愚痴を言いながら真夏の2日を過ごしてきました。

プロフィール

過去ログ