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桜の葉っぱですが花の名前がわかりません

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桜の葉っぱですが花の名前がわかりません。

木には「ウスミズサクラ」とありますがインターネットで調べても見当たるものがありません、気長に調査します。
もう一つの写真は「花筏」です、珍しいので紹介しておきます。(私的には珍しい)
今どき珍しいキノコ(体長5ミリ程度です)の写真をもう一つ。

随分と風が強かった

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随分と風が強かった。

飛行機のパイロットは風は少し強いが着陸には何ら支障は無いとコメントしました、飛行機を降りてその風の強さにびっくりしました。ここは、東京都ですが都心から300Kmも離れている太平洋の孤島でした。南国らしい風景が眼の前に広がりました。
観光は町営バスで都から転勤してきている若いガイドさんが二日間案内してくれました、玉石垣、南原千畳敷、ヘゴの森、放牧場、サフランの花畑、黄八丈の工房、服部屋敷等を見学しました。最後の写真は“厄介者”となったキョンに東京都などが頭を悩ませている。キョンはシカ科の動物で中国南東部や台湾が原産。体重約15キロで、大きさは中型犬ほど。生後1年ほどで繁殖が可能になり、年中繁殖が可能という。

寺内町ってどんなとこ

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寺内町ってどんなとこ。

大阪富田林の寺内町に行ってきました。寺内町(じないちょう、じないまち)とは、室町時代に浄土真宗などの仏教寺院、
道場(御坊)を中心に形成された自治集落のこと。濠や土塁で囲まれるなど防御的性格を持ち、信者、商工業者などが集住した。という事でここには江戸末期から昭和にかけて建設された建物がのこっていました。興正寺別院 妙慶寺 旧杉山家住宅 奥谷家住宅 上野家住宅 木口家住宅 葛原家住宅 葛原家住宅 三階蔵等沢山の建物が現存していました。
合わせて弘川寺にも、665年、役小角によって創建されたと伝えられ、676年にはこの寺で祈雨法が修せられて天武天皇から山寺号が与えられたという。
平安時代の弘仁3年(812年)空海によって中興され、文治4年(1188年)には空寂が後鳥羽天皇の病気平癒を祈願している。翌、文治5年(1189年)には空寂を慕って歌人と知られる西行法師がこの寺を訪れ、この地で没している。
寛正4年(1463年)兵火により焼失したが、江戸時代に入り寛延年間(1747年~1750年)歌僧似雲がこの寺を訪れ、西行堂を建立している。ここには天然記念物の珍しい海棠という花がありました。

久しぶりに穴熊をに出会いました

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久しぶりに穴熊をに出会いました。

何時もの散歩道で頂上に到着してすぐに引き返して400m位降りた所で前方に何やら動く犬のぐらいの物体を発見、穴熊だとすぐに分かりました。昨年は全く出会わなかったのに今年は早い出会いです。
今年は少し気温が高く桜も満開が過ぎてもう3~4部くらいしか残っていません。今日は大宮池に鯉を放流すると言うことだったので通りすがりに見たら一匹のかなり大きな緋鯉が泳いでいました。
追伸 次の日沢山の錦鯉を確認しました。

春を探してみました

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春を探してみました。
今年は寒い毎日が続き朝はマイナスの5度になる日が多く日中も10度を超える日は少なかったそして何時もの年と違い、西部の方に沢山雪が積もると言った気象条件で市内の積雪はそんなに積もりませんでした、そんな訳なのでまだ春は遠いかなーと散歩して春を探しました。
何時もの大宮池(御宮池)には水面に氷が半分ほど張っていました、桜土手ではスズメとは少し大きな鳥 (図鑑で探すと「つぐみ」に近い) が居ました、梅はまだかいなーと探したら、やっとこさ一輪、二輪と綻んでいました。
追伸 先日何時もの散歩道で花を撮影している人が居ました「黄連」だそうです。私も移させてもらいました、5ミリほどの花でした。

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