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人間専用では一番長い吊橋を渡ってきました

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人間専用では一番長い吊橋を渡ってきました。

令和7年3月17日オープンにオープンした日本一人間専用の長い吊り橋(420m)を渡ってきました。
吊橋。コロナ前にその当時一番長い吊り橋 (竜神峡は茨城県の奥久慈県立自然公園内 375m) を渡ってきたのにと思いながら、
オープンしてほぼ一年たった3月14日に。季節は春がそこまでやってきていましたので寒くはなかったのですが橋の上は風が強くて少し寒かった。
まだ観光シーズンとは言えないようで橋を渡る人は思ったよりは少なかった。ダムパークいはきたにはいろいろな施設がそろっていました。これからにぎわうことでしょう。バンジージャンプもありました(4000円)
11時過ぎに神戸ホテル フルーツ・フラワーでのバイキングですごく早めの昼食をすませました、
年寄りには、割高のバイキングでした会場は200人収容できるようです ホテル。場所は山陽道の神戸北ICの近くでした。



辻井伸行のコンサートにいきました

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辻井伸行のコンサートにいきました
盲目の天才ピアニストのコンサートは週初めに37cmも雪が積もったあの寒かった日からがらりと晴天で温かくなった土曜日の午後でした。
私は開演が迫っている時間にぎりぎりに席に着きました。ついたとたんにスマホの着信があり、コンサート中は電源を切るか、機内モードにすのかが決まり事です。私はそのどちらも切り替えたことはなく、戸惑っていたら隣の若い女性が手伝ってくれ事なきを得ました。
曲目は掲載の写真の通りです。チャイコフスキーのくるみ割り人形の行進曲や間奏曲は聞きなれていて楽しく聞きました。その他のピアノ曲はなじみがないですが楽しく聞きました。それにしても盲目で楽譜を見ないでの長い曲の演奏には敬服しかありません。アンコールは3回も答えてくれました。マイク無しで会場に話しかけてくれました。最後のアンコールの終わりは、ピアノのふたを閉めて会場の笑いを誘いました。2時間半のコンサート中は静かに時間が進み途中で変な拍手や咳声はありませんでした。それは、彼が立ち上がったら曲の終了だったからでした。彼は付き添いに導かれてピアノのそばで丁寧なお辞儀を三方向に向かってしました。丁寧すぎるぐらいにです。

イギリスからデービットが再び鳥取へ

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嫁の兄貴の奥さんが昨年の末に亡くなって葬儀の始末にその子供がデービットと伴に鳥取にきました。ささやかな昼食会を開いたのですが遠慮か?食べたくなかったのかわかりませんが最低の食事メニューを指定しました。昨年の夏に来て以来半年ぶりの再会でした。
話は彼の親や家族、先日地震があったのでイギリスの地震状況などの話に花が咲きました。ディビッドの父親は大学の教授だったそうです、母はまだ健在ですが、認知症でした、その面白い逸話が面白かった。ディビッドは割と日本の観光をしていて日本中の話になりました。そして青森の太宰治の話までになりました。治の魅力にひかれたきっかけは、東京の本屋さんで英語の本が無くあったのは太宰治だった(昔の当時)帰りの飛行機で読みふけり笑いこけたそうです。話は尽きないのですがこの辺でおしまいにします。



この動画は初め縦で撮影していたのですがすぐに横 撮影にしました。縦横変換は「Shot Cut」で編集しました。

2016年2000年以来の山陰地方を地震がM5のレベルで襲う

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2016年2000年以来の山陰地方を地震がM5のレベルで襲う
1月6日10時18分頃山陰地区をM5で鳥取では震度3の地震が襲った。その後も3回程度の有感地震があった。久しぶりの地震でTVやスマホや地域防災のラジオからけたたましく放送が流れた。2000年はまだ会社に居たので仕事で対策をした覚えがよみがえる。2016年の地震は少し規模が小さかったので、仕事から離れていたのであまり緊張感はなかった。長く生きているといろいろなことがあって肝を冷やすことが度々発生する。阪神の大震災や東北大震災はその中でも異常に規模が大きかった。能登半島の地震はまだ記憶から消えずに残っている。この度の地震では米子や日野地区境港など西部地方では災害状況がだんだんと判明してきている。

私の兄妹(長女100歳)の葬儀?に行く

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私の兄妹(長女100歳)の葬儀?に行く。
長女100歳は11月初めに永眠しました、訳けあって葬儀には参列できなかったので、時間は少し過ぎましたが兵庫県の夙川の長女の子供(長男宅)に次女の子供の車で出かけました。次女は高齢のため同乗はしませんでした。同乗者は青谷の三女と私の三人でした。鳥取を10時に出発して、夙川には13時半を目標にゆっくりしたドライビングでした。幸いにも天気は良くて快適でした。途中「加西」のSAで休憩。
目的地には少し早く到着しましたが、長らくご無沙汰していたので家を見つけるのに若干時間を要しました。長男宅についたら夫婦が出迎えてくれていました。挨拶もそこそこに線香をあげてからしばらくは姉の事やら姉の主人の事、そして、親族の昔話が弾み、2時間半ぐらいの長話になりました。話は尽きないのですが、帰宅時間の予定もあるので話は切り上げることにして。長男宅を後にしました。帰路も途中「加西」のSAで休憩。鳥取には5時半が過ぎていました。久しぶりの長男はまだ若々しく、定年には成っていましたがしばらく関係会社でお手伝い程度の仕事で余暇を満喫しているとのことでした。次女の子供には、「報国」訪問以来また随分とお世話になりました。多数の人が写っている写真(長男家族)を写したので鮮度が悪いです。二人の写真は長男夫婦です。

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